小池英樹のAIマーケティング経営ノート

AppleはChromeを、SamsungはiPhoneを名指しした。比較広告の線はどこにあるか

強く言うより、確かめられても崩れない比べ方を考える

「AIマーケティング経営ノート #07」「Safari vs Chrome」「どこまで許される?」の文字と、片手を上げて話す小池英樹。
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Apple が、自社のページで、Google の Chrome を名指ししています。Safari は、Chrome より力があって、プライバシーも守れる。そう打ち出して、Safari を使い続けるよう、乗り換えるよう呼びかけるページです。Safari と Chrome を比べた表には、Chrome の側に、「いいえ」が並んでいます。

一方、Samsung は、Apple が初めての折りたたみの iPhone、iPhone Duo を発表した直後に、ある広告を出しました。登場するのは、ティム・クックという名前の、別の人です。この9月に Apple の CEO を退いて、会長になった人と、同じ名前です。その人が、Samsung の折りたたみのスマートフォンをほめています。

大きな会社が、ここまで相手を名指しして、いじる。見ていて、少しひやひやします。

この記事のテーマは、競合を名指しする広告は、どこまで許されるのか、です。

私が考えたいのは、どちらが正しいか、ではありません。競合と比べる広告は、お客様が買うまでの流れの、どこに効くのか。日本で同じことをするなら、どこが論点になりそうか。そして、AI が比べる時代に、比べ方がどう変わるのか。この三つを考えます。

名指しする広告の中心は、比較検討

私の本では、お客様が商品を知ってから、買って、そのあと広めてくれるまでを、マーケティングファネルとして、七つの段階で整理しています。認知、興味関心、比較検討、購買、継続、紹介、発信です。

「小池英樹の本」。書籍の表紙と、『AIと共に拓く デジタルマーケティング完全攻略バイブル』プレジデント社。

競合を名指しする広告は、認知や興味関心にも働きかけますが、中心になるのは、三つ目の比較検討です。

「マーケティングファネルの、七つの段階」。認知 › 興味関心 › 比較検討 › 購買 › 継続 › 紹介 › 発信(比較検討を強調)。要点:名指しする広告の中心は、比較検討。

比較検討は、お客様が、似た商品やサービスと比べる段階です。売り手の役割は、詳しい情報を渡して、お客様が買うかどうかを決める手助けをすることです。

この段階で、お客様の頭の中では、二つのことが起きています。

一つは、候補を絞ることです。いくつかの候補の中に入っていなければ、そもそも比べてもらえません。

もう一つは、物差しを決めることです。値段で比べるのか。速さで比べるのか。安心で比べるのか。どの物差しで比べるかで、選ばれる商品が変わります。

「比較検討で、起きている二つのこと」。候補を絞る:候補に入っていなければ、比べてもらえない。物差しを決める:値段か。速さか。安心か。

競合と比べる広告は、ここに働きかけます。候補に入れてもらう。自分に有利な物差しで、比べてもらう。そして、乗り換える道を用意する。Apple と Samsung は、この三つのうち、力を入れているところが違います。

「比べる広告の、三つのはたらき」。1 候補に入れてもらう、2 自分に有利な物差しで、比べてもらう、3 乗り換える道を用意する。

Apple は、物差しを決めて、乗り換えまで運ぶ

まず、Apple です。10月に公開したページで、Safari と Chrome を比べています。

数字の主張は、二つです。Mac で動画を見るとき、1回の充電で、最大5時間長く使える。よく見るサイトの読み込みが、最大35%速い。そして、ページの注記には、測り方も書いてあります。速さの比較なら、2026年の8月に、15インチの MacBook Air で、人気のサイト12件の保存した版を、ネットワークの条件をそろえて測った、というものです。

Apple がしているのは、比較検討の物差しを決めることです。速さ。電池の持ち。プライバシー。Safari が強いところを物差しにして、比べてもらう。そのうえで、すでに Safari を使っている人は、継続の段階で引き留める。Chrome を使っている人には、購買の手前で迷わないよう、乗り換え方の案内まで用意しています。比較検討から乗り換えまでを、一つのページで運ぶ作りです。

6月にも、Apple は、プライバシーを訴える広告を出しています。そちらでは、Chrome の名前は出していません。Chrome を思わせる色の人影が、スマートフォンを使う人に、ずっとついて回る映像です。

背景もあります。報道によれば、Safari の標準の検索を Google にする取り決めがあり、検索の広告の収入を分け合っているとされます。両社の利害は、複雑に絡み合っています。ここからは私の見立てですが、利用者がどのブラウザを使うかは、両社にとって小さくない話です。比較の広告は、その見えにくい綱引きが、表に出た部分だと思います。

Samsung は、話題に乗って、候補に入る

次に、Samsung です。iPhone Duo の発表の直後、ニュージーランドの Samsung が出した広告に、ティム・クックが登場しました。Apple のティム・クック本人ではなく、ニュージーランドに住む、同じ名前の男性です。投稿には、「ティム・クックから、お知らせがあります」という言葉が添えられていました。

10月の末からは、報道によれば、カナダやマレーシアなどで、別の広告も始めています。発売された iPhone Duo の一部で、内側の画面にひびが入るという報告が出ていました。そのひびを思わせる線を、写真に重ねた広告です。Apple は、ひびの問題が出ているのは一部の端末で、該当する人には交換で対応すると説明している、と報じられています。

「画面のひびを思わせる広告」。報道によれば、10月の末から、カナダやマレーシアなどで始めている。ひびを思わせる線を、写真に重ねた広告:iPhone Duo の一部で、内側の画面にひびの報告。Apple は、一部の端末で、交換で対応すると説明(報道)。

Samsung が力を入れているのは、認知の段階から、比較検討の候補に入ることです。iPhone Duo に注目が集まっている、その瞬間に、話題に乗る。笑いで記憶に残し、折りたたみのスマートフォンを比べる候補に、自分たちの製品を入れてもらう。そのうえで、壊れにくさや、折りたたみを作ってきた年数という物差しを、持ち込もうとしています。

同じ「比較」でも、Apple は、比較検討の中にいる人を、乗り換えまで運ぶ。Samsung は、まだ比較検討を始めていない人に、比べる理由を作る。効いている段階が、違います。

「同じ「比較」でも、効いている段階が違う」。Apple:比較検討の中にいる人を、乗り換えまで運ぶ。Samsung:まだ比較検討を始めていない人に、比べる理由を作る。

日本でも、比較広告そのものは禁止されていない

では、日本の会社が、自社の広告で同じことをしたら、どうなるのでしょうか。最初にお断りしておくと、私は法律の専門家ではありません。違法かどうか、裁判になるかどうかを判断する立場にはありません。ここでは、論点になりそうな所を整理します。

日本でも、比較広告そのものは禁止されていません。消費者庁は、比較広告が問題にならないための要件として、三つを挙げています。主張する内容が、客観的に確かめられていること。確かめた数字や事実を、正しく引用していること。比べ方が、公正であること。

「消費者庁:比較広告が問題にならないための要件」。1 主張する内容が、客観的に確かめられている、2 確かめた数字や事実を、正しく引用している、3 比べ方が、公正である。消費者庁「比較広告」のページから。

三つ目の、比べ方の公正さについて、消費者庁は、こうも示しています。比べた点が、商品全体の働きにあまり影響しないのに、全体が優れているかのように強調すると、不当表示のおそれがある。さきほどの、物差しを決める話と重なります。

「比べ方の公正さ」。比べた点が、商品全体の働きにあまり影響しないのに、全体が優れているかのように強調する。注意:不当表示のおそれ。消費者庁「比較広告」のページから。

もう一つ、競合の会社から訴えられる筋もあります。競合について、事実でないことを広めて、営業上の信用を傷つけること。自社の商品について、品質などを誤解させる表示をすること。どちらも、不正競争防止法の問題になる場合があります。

「不正競争防止法の、二つの論点」。競合について、事実でないことを広める(営業上の信用を傷つける)。自社の商品について、品質などを誤解させる表示。私は法律の専門家ではありません。論点の整理です。

問われているのは、事実と根拠の線をどこで引いているか

この目で見ると、Apple のページは、数字に測り方の条件を添えています。根拠の示し方としては、参考になると思います。速さや電池の持ちは、ブラウザを選ぶうえで大事な点ですから、Apple の比較が、さきほどの注意に当たるとは、私には言えません。ただ、自分に有利な物差しを選ぶ側には、それが全体にとってどれだけ大事な点なのかを、説明できることが求められます。

Samsung の画面のひびは、実際に報告が出ていることを題材にしています。ただ、一部の端末の問題を、全部がそうであるかのように見せれば、事実の誇張になりかねません。同じ名前の人を使う広告も、本人が勧めていると誤解させない作り方が問われます。

どれも、笑いや強い言葉の裏で、事実と根拠の線を、どこで引いているかが問われているのだと思います。

AI が比べる時代に、比べ方は変わる

ここからは、私の見立てです。

第5回で、AI と一緒に考えて買う、AI共考型の買い方をお話ししました。お客様は、AI に候補を並べてもらい、物差しを整理してもらいながら、選ぶようになっています。

「第5回:AI共考型の買い方」。相談 › 興味 › 確認 › 更新 › 購買 › 共有。AI に候補を並べてもらい、物差しを整理してもらいながら、選ぶ。要点:広告の根拠が、これまで以上に問われる。

そうなると、比較広告の受け止められ方も変わると思います。広告で「速い」「長持ち」と言われたとき、AI に、測り方の条件や、広告が選ばなかった物差しを確かめてもらう人が増えれば、広告の根拠は、これまで以上に問われるようになります。根拠のない比較や、条件を隠した数字は、確かめられたときに崩れやすくなるはずです。

反対に、条件まで書いた比較は、AI にとっても、引用しやすい材料になります。比べるなら、人に向けて強く言うだけでなく、AI に確かめられても崩れない形で示す。これからの比較広告は、そこが分かれ目になると考えています。

小さな会社が、比べるときに確かめること

最後に、私たちのような小さな会社が、競合と比べる広告を考えるときに、確かめておきたいことを五つにまとめます。

一つ目。名指しするか、ほのめかすか。名指しは強い反面、相手の土俵に乗ることにもなります。

二つ目。数字には、いつ、何で、どう測ったかを添える。

三つ目。自分に有利な物差しだけで比べて、全体が優れているように見せていないか。

四つ目。相手の弱みに触れるなら、事実の範囲にとどめる。一部の話を、全部の話にしない。

五つ目。笑いで攻めるときも、相手とお客様への敬意を残す。広告は、相手だけでなく、自分の会社の品位も映します。

「比べるときに、確かめること」。1 名指しするか、ほのめかすか、2 数字には、いつ、何で、どう測ったかを添える、3 自分に有利な物差しだけで、比べていないか、4 弱みに触れるなら、事実の範囲に。一部の話を、全部の話にしない、5 笑いで攻めるときも、相手とお客様への敬意を残す。

競合と比べることは、お客様が選ぶのを助けることにもなります。大事なのは、強く言うことより、お客様と AI が確かめたときに、そのとおりだと思える比べ方をすることだと思います。

皆さんの会社なら、どの競合と、どの物差しで、比べますか。

小池英樹 株式会社AutoPilotAcademy CEO

出典